2008/06/09

悪意

今、村上春樹氏の「ねじまき鳥クロニクル」を読んでいます。

村上春樹氏の小説は好きで、このねじまき鳥も2回目なんですが、試験勉強しなければならないこの時期でもかかさず読んでしまっています(汗)


さて、そのねじまき鳥もしかりだし、「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」もしかりだし、「海辺のカフカ」もしかりなんですけど、そこには漠然としていて、けど確かな存在感のある「悪意」が描かれています。
その「悪意」はそれらの小説の中で、白く光る物体だったり、架空の地下人だったり、心の中にある「何か」だったり形を変えて出てくるわけですが、昨日の秋葉原通り魔事件を見て、その「悪意」を感じざるを得ませんでした。

どうして人を殺さなければならなかったのか、なぜ秋葉原でなければならなかったのか。
同年代のものとして悲しいと言わざるを得ません。


しかし今回のこの「悪意」とは、もしかしたら氷山の一角にすぎないのかもしれません。
それは普段の生活の中で徐々に増幅していて、かつ気付かないところでその悪意によって奪われている面だってあるような気がします。
ネット喫茶で生活を転々としているネット難民のような。


そんな悪意に、銀行員として何ができるのか?
はっきり言ってまだ何もできないだろうけど、立ち向かっていきたいと思うのでした。



全然銀行員ネタと関係無くてすいません(汗)

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